short novel
wating you
1
自分でも、もしかしたら馬鹿なのかもって思う。
小さいときママに、「好きな男の子ができても、絶対自分から『好き。』って言ったらダメよ。」なんて言われたのを、ほんのり覚えているせいもある。
だけど、一番の理由は、どうしても聞きたいから、だ。
あの人の声で、言葉で。
男の子なんて、すっごい好きな人がいなけりゃ、よっぽど嫌いか、生理的に受け付けない見た目じゃなきゃ、
告られたらとりあえず付き合っちゃう生き物なんだよ、って大人びた友人が言う。
だから、誰かが言う前に、言っちゃわなきゃ、とか、付き合ってから、好きになってもらうのもおかしい事じゃない、って言うその言葉に不快感を感じるのは、私が子どもだからなのかな、と思うと悲しくなる。
だから大好きなあの人に、いつまでたっても子ども扱いをされてしまうのかな。
3つ年上のあの人は、小さい頃からずっと優しい「お兄ちゃん」で、それは今も続いている。
昔から体の弱い私を心配し、私が中学生になった頃から毎日自転車で送り迎えしてくれていた。
音楽好きの彼はいつもイヤホンの片方を私に貸してくれて、一緒に音楽を聞きながら登校した。
だけど、彼がバイクの免許を取ってバイクを買った頃から、私は違和感を感じるようになった。
二人乗りできるようになった年の私の誕生日にヘルメットと、何故だかお古のミュージックプレイヤーと新しいヘッドフォンをくれた時も、少しだけ決まり悪そうにしていた。
そして、違和感はどんどん強くなっていった。
優しいのと心配性は相変わらずだけど、彼は私と距離を置こうとしてる。
私がいつまでも子どもだから、一緒にいるのが嫌になったのかな、もしかしたら彼女ができて、私が邪魔になったのかな、と不安になった。
そしてあの日 ――――――
CDを借りに、久しぶりに彼の部屋へいき、おばさんが麦茶を出してくれたのをいいことに居座り、帰りたくなくて、くだらない話題を次々に引っ張り出して話していたあの日。
それすら尽きてきて、悲しくなって、帰ろうかどうしようか迷って見上げた彼と目が合った瞬間の一瞬の沈黙。
その直後彼が、「そろそろ帰れば。」って言わなきゃ、私は「好き。」って言ってたかもしれない。
それはつまり、好きって言えた瞬間だった。
だってそれまでは、そんな空気にすらならなかったんだもの。
名前を呼ばれて振り向く私の頭を、肩までしかなかった髪ごとぐしゃぐしゃ撫でてた手は、背中まで伸びた髪に触れることなく、空中で躊躇したように彷徨い、軽く肩をたたくようになった。
小さな頃から倒れるたびに負ぶってくれ、自転車のときは下り坂のたびにしがみついた優しい背中は、自転車がバイクに変わった今は、変わらず優しいけれど、戸惑って居心地悪そうに小さく身じろぐ。
それもこれも、最初は何が原因で彼が変わったのか分からず、聞くに聞けず泣いてばかりいたが、あの日の空気が私に期待させる。
後悔することになるかもしれない。自分から言えば、友人が言うように、付き合うことはできるかもしれない。
それどころか、待ってる間に彼女ができてしまうかもしれない。
でも、この淡い期待を手放せない。そして、もしそれが勘違いでないのなら、彼は悩み、迷っている。
だから私は、私が伝えたくなるギリギリまで我慢しようと決めた。
彼の目が正面から私を映し、迷いを振り払って想いを言葉に出し、戸惑いもためらいもなく、その手が私に触れる、その時を・・・・・
2
忘れられないのは、澄み渡る晴天の下、苦しげに寄せられた眉根。
血管が透けて見えるほど白い肌。
子どもだった俺が、知らずに連れて行った炎天下の公園。その奥にある秘密基地。
彼女の体が弱い、と教えられた意味をちゃんと理解したのは、倒れた彼女を泣きながら負ぶって帰ったその時だった。
白くて小さくて華奢で、乱暴に扱えば壊れるんじゃないかと、俺はいつも気が気じゃなかった。
彼女が中学生になった時自転車での送り迎えを始めたのも、彼女の家からは自転車通学圏に指定されているほど中学まで距離があり、俺の通う高校までの通り道でもあったから。
バイクの免許は、もともと高校生になったらとりたいと思ってはいたけれど、最初は通学に使おうとは思っていなかった。
彼女を後ろに乗せるのは少し心配だったし、そんなに安いものでもないし。
少しずつ貯金して、高校卒業するまでに買えたらいいな、ぐらいにしか思ってはいなかった。
あの日――
いつものように、朝迎えに言った彼女の制服が夏服に変わった日。
まだ梅雨も始まらない晴天の下、俺は子どもの頃のことを思い出した。
そして、いつものように差し出したイヤホンの片方を耳に入れる時、去年より伸びた髪をよけた瞬間見えた白い首筋に、目を奪われた。
今までも、もちろん好きだった。ずっと、宝物のように思っていた。
けれど、そのとき初めて、これからきっと、どんどん綺麗に、『女』になっていくこの宝物を、もしかしたら俺は、壊してでも自分のものにしたいと思ってしまうかもしれない、そう思った。
カーブミラーに映る、自転車の後ろで俺の背中にしがみつく彼女を見て、このまま素直に大事にできる日が長く永く続くことを、何に祈ろうかぼんやり考えた後、バイクを買うことを決意した。
その年の夏、死に物狂いでバイトして、秋にバイクを買った。
俺は、じりじりと時が過ぎるのを待った。
俺は、自分の気持ちが怖かった。彼女の心の中を、俺でいっぱいにしたいと思ってしまうことや、嫉妬や独占欲で、彼女を傷つけることが怖かった。
できればずっと、父親か兄のように、優しくしたい、そう思って、その役に徹していた。
二人乗りができるようになった年、彼女の誕生日にメットを買い、ついでにヘッドフォンを買った。それだけあげるのも憚られたので、自分が使っていたプレイヤーもあげることにした。
近距離で接する通学時間を少しでも縮めたいと思ってしまうことへの罪悪感に。
その頃から、彼女はよく、不安そうな顔で俺を見るようになった。
俺はそれを見ないフリをし続けた。
そんなある日、CDを借りに来た彼女が、何とかこの部屋に居続けようと四苦八苦し、ついに万策尽きてなみだ目で見上げてきた瞬間、彼女が可愛くて愛しくて、抱きしめたい衝動を抑えるのに必死で言葉が出なかった。
一瞬の沈黙の後、彼女が口を開く前にどうにか、「そろそろ帰れば。」とだけ言えた。
しゅんとなって帰る彼女の小さな背中を見送りながら、
父のように、兄のように、そうありたいと思う自分はまだいる、
近い未来に彼女に彼氏ができて、彼女がいつでも笑っていられるような相手なら、祝福できる自信もある、
だけど・・・・・・
だけどもし、自分が誰より彼女を大事にできる男だと思えれば、そして、そのときまだ、彼女が自分に好意を抱いてくれていたら、この想いを、余すことなく自信を持って伝えられるだろうか・・・・・
二階の窓から、小さく手を振り微笑む彼女を見下ろしながら、少し切なく、そんなことを思っていた。